Meaning, ideas and relation of two concepts: habits and success, pictured as Newton cradle with metal balls giving energy and momentum to each other, labelled with english words, 3d illustration

「常識」と言って思い出されるのはアインシュタイン博士の言葉である。

常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションである

アインシュタイン

アインシュタインは常識をこのように定義した。つまり、常識とは偏見のことである。偏見とは字の通り、偏った見方のことである。誰の偏った見方かというと自分の両親である。子どもの頃は自分の親の価値観に従って生きている。小学生であれば、習い事が代表的であるが、「親が行け」というから仕方なく行っていたり、「親が勉強しろ」というからやっていると言った事例が多いのではないだろうか。

「日本の常識は世界の非常識」と言う言葉を聞いたことはないだろうか。私はこれを聞いたとき、違和感を覚えた。これは、日本で当たり前にやっていることが世界では当たり前にやられていないということであるが、周りの国を見ても中国の常識が世界の常識ではないし、韓国の常識が世界の常識でもない。強いて言うのであれば、現代の覇権国はアメリカですから、アメリカの常識が世界の常識となっている部分はあるかもしれないが、一般的にある国の常識が世界の常識ではありません。

これを自分に当てはめてみると、「自分の常識は他人の非常識」となる。つまり、自分がこれは正しいと思っていることが、他人には正しくないと思えることが往々にしてある。自分の正しさと相手の正しさがぶつかった時に喧嘩となり、エスカレートすると殺人沙汰にまで発展する可能性もある。そうならないためには、一度あなたの常識だと思っていることを疑ってみることです。もしかしたら、相手の言っていることも一理あるなと感じれたら、相手と仲良くなれるチャンスかも知れない。

常識とは今まであなたが培ってきた価値観そのものであり、あなたの持っている常識の外に違う常識の世界が待っている。その世界があなたにとって良いものかどうかは分からないが、その世界に触れることであなたの常識の壁が壊されるきっかけになるかもしれない。

常識という壁の中に生きる生活を選ぶか、壁の外側の世界で生きるかはあなた自身が選択できる。

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